高齢化が進む現代社会において、認知症や障害により判断能力が低下した方の権利や財産を守る「法定後見人制度」の重要性が高まっています。「親が認知症になってきたけれど、どうすればいいのだろう?」「大切な家族の財産管理を誰に任せればよいのか」といった不安を抱える方も多いのではないでしょうか。本記事では、法定後見人の選任基準から具体的な手続きの流れまで、必要な情報を分かりやすく解説していきます。これから制度の利用を検討されている方は、ぜひ最後までご覧ください。
法定後見人制度の基本と重要性
法定後見人制度の概要と対象者
法定後見人制度は、認知症や知的障がい、精神障がいにより判断能力が十分でない方を支援する制度です。家庭裁判所が選任した後見人が、本人の権利や財産を守る重要な役割を担います。
制度には「補助」「保佐」「後見」の3種類があり、判断能力の程度に応じて適切な支援形態を選択できます。
「補助」は、重要な財産管理を1人で行うことに不安がある方が対象です。「保佐」は、日常の買い物は可能でも、重要な財産管理が難しい方向けです。「後見」は、常に判断能力を欠く状態にある方のための制度となります。
制度の利用を申し立てできるのは、本人、配偶者、4親等以内の親族です。また、特別な事情がある場合は市長が申し立てを行うことも可能です。
後見人には、家族や親族のほか、弁護士や司法書士などの法律の専門家、社会福祉士など、本人にとって最適な支援者が選ばれます。複数人による後見や、法人後見も可能で、状況に応じて柔軟な対応が取れる制度設計となっています。
任意後見制度との違いを徹底比較
法定後見制度と任意後見制度には、大きな違いがあります。法定後見制度は、すでに判断能力が低下している方を対象に、家庭裁判所の審判によって開始されます。一方、任意後見制度は、判断能力が十分なうちに、将来の不安に備えて後見人を自分で選んでおく制度です。
法定後見制度では、家庭裁判所が後見人を選任しますが、任意後見制度では、本人が信頼できる人を後見人として選ぶことができます。また、支援の範囲も異なり、法定後見制度は法律で定められた範囲内での支援となりますが、任意後見制度では契約で自由に決めることができます。
費用面では、法定後見制度は申立時に10,000円の手数料が必要で、後見人への報酬は別途家庭裁判所が決定します。任意後見制度は、公正証書作成費用として11,000円程度が必要です。
法定後見人が必要となるケース
法定後見人が必要となるケースとして、よく見られるのが遺産相続の場面です。相続人の中に認知症の方がいる場合、遺産分割協議を行うためには法定後見人の選任が不可欠となります。これは、民法で定められた相続手続きに、すべての法定相続人の参加が必要とされているためです。
遺産分割協議では、認知症の方を除外することはできず、法定後見人がいない場合、協議自体が進められません。そのため、まず家庭裁判所で法定後見人を選任する手続きを行う必要があります。
選任された法定後見人は、認知症の方の利益を守りながら、他の相続人と協議を進めます。具体的には、財産の名義変更手続きや相続放棄の判断など、重要な財産に関する決定を本人に代わって行います。
ただし、故人が遺言書を残している場合は状況が異なります。遺言書による相続の場合、遺産分割協議は不要となるため、認知症の方に法定後見人がいなくても相続は可能です。ただし、不動産の相続登記など、具体的な手続きの際には法定後見人の選任が必要となります。
法定後見人の選任基準を詳しく解説
法定後見人に選任される条件
法定後見人は、家庭裁判所が被後見人の状況を総合的に判断して選任します。選任の際には、被後見人の心身の状態や生活環境、財産状況などが慎重に検討されます。
法定後見人になれない欠格事由として、未成年者、破産者、過去に法定代理人を解任された経験がある人などが定められています。
また、選任の判断基準には、候補者の職業や経歴、被後見人との利害関係の有無なども含まれます。法人が後見人になる場合は、事業内容や代表者と被後見人との関係も審査されます。
被後見人が入所している施設の職員は、原則として利害関係者として選任されません。特に重要なのは、被後見人本人の意見も選任の重要な考慮要素となることです。
財産が高額な場合や親族間で意見対立がある場合は、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家が選任されることがあります。
親族が後見人になるための要件
親族が法定後見人になるためには、まず後見人選任申立書に候補者として名前を記載する必要があります。その際、他の推定相続人からの同意書の提出も求められます。
申立てには、親族関係図、候補者等事情説明書、財産目録、収支予定表、本人の戸籍謄本や住民票、医師の診断書などの書類が必要です。
家庭裁判所の調査官による面接では、候補者の適格性や後見事務に関する方針が確認されます。面接では、本人の財産管理の具体的な計画や、身上監護の方針を説明できるよう準備が必要です。
ただし、家族間での意見対立がある場合や、本人の財産が複雑な場合、利益相反する行為が予想される場合などは、専門職後見人が選任されることが多くなります。
なお、後見人候補者と本人との生活費が明確に分離されていない場合や、候補者が本人の財産を利用する予定がある場合も、家庭裁判所は慎重な判断を行います。
専門職後見人の役割と特徴
専門職後見人である弁護士、司法書士、社会福祉士は、後見制度において重要な役割を担っています。親族後見が望ましいとされる一方で、財産管理の複雑さや不正防止の必要性から、専門職の関与が不可欠なケースも多く存在します。
専門職後見人の業務は、財産管理だけでなく、専門性を活かした身上監護も含まれており、本人の意思を尊重しながら、生活全般を支援しています。
親族が後見人となる場合でも、専門職は複数後見人の一人として親族をサポートしたり、後見監督人として親族後見を監督するなど、支援者としての役割を果たしています。
報酬面では、事務の質に応じた適切な報酬決定が検討されており、より合理的な報酬体系の整備が進められています。また、生活困窮者向けには公費による報酬助成制度も設けられ、制度の利用しやすさが向上しています。
法定後見人の申立手続きの流れ
申立てに必要な書類と準備
法定後見人の申立てには、必要な書類を事前に準備することが重要です。主な必要書類は、後見開始申立書、申立事情説明書、親族関係図があります。特に重要なのが、本人の判断能力を証明する診断書と本人情報シートです。診断書は指定の書式で医師に作成を依頼し、本人情報シートは福祉関係者に作成を依頼します。
財産に関する書類として、財産目録や収支予定表の提出も求められます。これらには預貯金通帳や不動産の権利証、保険証券などのコピーを添付します。また、親族の同意を示す意見書や、後見人候補者の事情説明書なども必要となります。
書類の準備にあたっては、家庭裁判所で配布している記載例を参考にすると便利です。不明な点がある場合は、家庭裁判所の窓口で相談することができます。
申立ての具体的な手順と注意点
法定後見人の申立ては、家庭裁判所への書類提出から始まります。申立書類一式を提出後、裁判所から速やかに収受印が押された控えが返却されます。この際、申立費用の納付も必要です。
書類審査の後、裁判所から本人の面談日程が通知されます。面談では、本人の状態や意向について丁寧な確認が行われます。また、親族や後見人候補者との面談も実施されます。
審理期間は通常1〜2ヶ月程度ですが、案件の複雑さによって変動します。特に、親族間で意見が分かれている場合は、調整に時間を要することがあります。
審理を経て後見開始の審判が下されると、2週間の即時抗告期間を経て審判が確定します。その後、法務局での登記手続きを経て、選任された法定後見人に正式な証明書が交付されます。この証明書が、後見活動を行う際の身分証明となります。
診断書の取得方法と記載事項
診断書は成年後見制度の申立てに不可欠な書類です。主治医に作成を依頼するのが一般的ですが、主治医がいない場合は精神科医や心療内科医に依頼することも可能です。
診断書作成の費用は医療機関によって異なりますが、5,000円から12,000円程度が相場となっています。
診断書には、本人の判断能力の状態を正確に記載する必要があります。具体的には、病名、症状の経過、日常生活における判断能力の程度などを詳しく記入します。家庭裁判所の指定する書式を使用し、「財産管理や処分能力の程度」「入院などの有無とその期間」「病名」などの項目を漏れなく記載します。
より詳しい判断が必要な場合、家庭裁判所は鑑定を命じることがあります。鑑定には5万円から10万円程度の追加費用がかかり、手続期間も2週間から1か月程度延長されるため、注意が必要です。
法定後見人の具体的な職務内容
財産管理の具体的な方法
法定後見人による財産管理は、被後見人の生活を支える重要な職務です。具体的な管理方法として、預貯金の出し入れ、公共料金の支払い、各種契約の締結などがあります。
後見事務の遂行に必要な交通費や通信費は、後見事務費として被後見人の財産から支出することができます。
日常的な支出には、医療費や介護サービスの利用料、施設入所費用などが含まれます。これらの支払いは、被後見人の生活状況や収入に見合った範囲で行う必要があります。
高度な財産管理が必要な場合は、弁護士や税理士などの専門家に相談することも可能です。ただし、専門家への依頼は、後見事務遂行上、真に必要と認められる場合に限られます。
財産管理においては、支出の必要性と金額の妥当性を慎重に検討し、領収書を適切に保管することが重要です。また、高額な支出や判断が難しい事案については、事前に家庭裁判所に相談することで、適切な財産管理を実現できます。
身上監護の範囲と実際
法定後見人の身上監護は、被後見人の生活全般を支援する重要な職務です。主な内容として、医療機関での受診や入院の手続き、介護施設の入所契約、障害福祉サービスの利用契約などがあります。
医療に関する同意は後見人の職務範囲外ですが、医師への相談や受診の付き添い、入院時の身の回りの世話などは行えます。また、施設入所時の契約や費用の支払い、サービス内容の確認も重要な役割です。
さらに、被後見人の生活環境を整えるため、住居の確保や修繕、家具・家電の購入なども行います。ただし、これらの判断は本人の意思を尊重しつつ、生活状況や財産状況を考慮して行う必要があります。
定期的な訪問により、被後見人の健康状態や生活状況を確認し、必要に応じて福祉サービスの見直しや新たなサービスの導入を検討します。また、行政機関や福祉事業者との連携を図り、適切な支援体制を構築することも重要です。
定期報告の方法と重要性
法定後見人には、毎年1回の定期報告が義務付けられています。この報告は、家庭裁判所が後見事務を監督するための重要な手続きです。報告書には、被後見人の生活状況や健康状態、財産管理の詳細、収支状況などを記載します。
報告の提出時期は、後見開始から1年を目安に設定されます。報告書と併せて、通帳のコピーや領収書などの証拠書類も必要となります。これらの書類は、後見人の職務が適切に遂行されていることを証明する重要な資料となります。
後見監督人が選任されている場合は、監督人に対しても定期的な報告が必要です。また、被後見人の状況に重要な変化があった場合は、定期報告とは別に、速やかに家庭裁判所への報告が求められます。
提出された報告書は、家庭裁判所で厳重に審査され、必要に応じて追加資料の提出や説明を求められることもあります。このような定期的な報告制度により、被後見人の権利と財産が適切に守られているかが確認されます。
法定後見制度にかかる費用の詳細
申立費用の具体的な内訳
法定後見人制度の申立てには、具体的な費用が発生します。まず、申立手数料として800円が必要です。また、収入印紙代として950円、登記手数料として2,600円を納付します。さらに、本人の判断能力を確認するための診断書取得費用は5,000円から1万円程度かかります。
加えて、鑑定費用が必要になるケースもあります。鑑定費用は一般的に5万円から10万円程度です。その他、戸籍謄本や住民票等の各種証明書の取得費用として数千円を見込む必要があります。
なお、所得が少ない方や生活保護を受給している方は、申立費用の助成制度を利用できる場合があります。市区町村の窓口で相談することをお勧めします。
後見人報酬の算定方法
法定後見人への報酬は、基本報酬と付加報酬の2種類で構成されています。基本報酬は、日常的な預貯金管理などの通常業務に対する報酬です。家族・親族が後見人を務める場合は月額0円~6万円程度、司法書士などの専門職が務める場合は月額2万円~6万円程度が相場となっています。
付加報酬は、通常業務以外の特別な対応が必要な場合に加算されます。たとえば、複数の不動産管理が必要な場合や、親族間の意見調整が必要なケースでは、基本報酬の50%増しまでの範囲で付加されます。
報酬の請求は、通常1年に1回の頻度で家庭裁判所に申立てを行います。具体的な報酬額は、被後見人の財産状況や後見業務の複雑さなどを考慮して、家庭裁判所が個別に判断します。
費用負担の軽減制度
成年後見制度の利用に関する費用負担を軽減する支援制度があります。成年後見制度利用支援事業では、認知症高齢者、知的障害者、精神障害者で、制度の利用が必要と認められるにもかかわらず、費用負担が困難な方に対して、申立費用や後見人等の報酬を助成します。
助成の対象となる経費には、申立手数料、登記手数料、鑑定費用などの申立費用のほか、後見人等への報酬も含まれます。
制度の実施主体は市町村で、高齢者向けの事業は国、都道府県、市町村、介護保険料で費用を分担します。障害者向けの事業も市町村が実施し、国と都道府県が補助を行います。
市町村の窓口では、成年後見制度の広報・普及活動も行っており、パンフレットの配布や説明会の開催、後見事務を実施する団体の紹介なども行っています。地域包括支援センターでも相談を受け付けています。